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東京地方裁判所 平成2年(行ウ)79号 判決 1991年1月24日

原告 宮川輝彦

被告 世田谷税務署長 ほか一名

代理人 武井豊 小此木勤 ほか二名

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

一  原告の昭和六〇年ないし昭和六二年分の所得税につき、被告世田谷税務署長の平成元年三月六日付けの各更正及び過少申告加算税の賦課決定がいずれも存在しないことを確認する。

二  被告国は、原告に対し、金二三五九万六二〇〇円及びこれに対する平成二年五月二二日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告が、同人の昭和六〇年分ないし昭和六二年分の所得税について被告世田谷税務署長(以下「被告税務署長」という。)が平成元年三月六日付けでした各更正及び各過少申告加算税賦課決定(以下、これらの課税処分を併せて「本件課税処分」という。)は、その通知書(以下「本件通知書」という。)が原告に送達されていないから、有効な課税処分として存在しないとして、被告税務署長に対し、本件課税処分が存在しないことの確認を求めるとともに、被告国に対し、原告が右各課税処分が存在するものとして納付した金員の返還を求めている事案である。

一  当事者間に争いのない事実

1  被告税務署長は、原告に対し、原告の昭和六〇年ないし昭和六二年分の各所得税について、平成元年三月六日付けで、本件通知書を国税通則法(以下「法」という。)一二条五項所定の差置送達の方法によって原告に送達して、本件課税処分を行ったと主張している。

2  原告は、平成元年五月二五日、本件課税処分のうち、各更正に係る本税分として合計二三五八万六二〇〇円を納付した。また、その際に、原告は右金額より一万円を過大に納付したので、右一万円は、昭和六一年分の過少申告加算税の一部に充当された。

3  したがって、現在、原告の所得税につき、昭和六〇年分ないし昭和六二年分の各過少申告加算税及び延滞税分合計四八二万一九〇〇円から前記一万円を控除した四八一万一九〇〇円が未納であるとされている。

二  争点

1  被告らは、被告税務署長の担当職員が、平成元年三月六日午後二時ころ及び同日午後四時三〇分ころの二度にわたり、原告宅に赴いて、原告の妻宮川和枝(以下「和枝」という。)に本件通知書を交付しようとしたが、同人がその受領を拒否したので、右担当職員は、法一二条五項二号の規定に基づき、本件通知書を原告宅の正面入口の門扉下から原告敷地内に差し置いて送達したから、本件通知書は有効に原告に送達されていると主張している。

2  これに対し、原告は、<1>通知書の送達は、国民のプライバシーの保護と送達の確実性の確保の要請からして、まず郵便による送達によるべきであり、また、和枝は、それまでに税務署との交渉などをしたこともなく、本件の税務問題にも全く関与していなかったことから、被告の担当職員に対して、原告が渋谷の事務所にいるので通知書はそこで直接本人に渡すように申し入れたものであり、右申入れに沿うことは容易であったのであるから、和枝が本件通知書を受領しなかったことには正当な理由があり、いずれの点からしても、被告税務署長のした差置送達は法一二条五項所定の要件を満たしていないのになされた無効なものであり、また、<2>本件通知書は、和枝が被告税務署長の担当職員に対して置いてゆくならば郵便受けに入れてゆくように要請したにもかかわらず、原告宅の敷地外である道路の辺りに置かれていたものであって、法一二条五項二号所定の送達すべき場所に差し置かれたものとはいえず、結局、本件課税処分は、いまだその通知が原告になされていないこととなるから、処分として存在しないものであると主張している。

3  したがって、本件の争点は、まず、(1)本件通知書の送達について、法一二条五項所定の差置送達によるべき要件が満たされていたといえるか否かであり、次に、(2)本件通知書が、同項二号所定の送達すべき場所に送達されたといえるか否かの点にある。

第三争点に対する判断

一  <証拠略>によれば、本件通知書の送達に関する経緯は次のとおりであったことが認められる。

(一)  被告税務署長は、平成元年三月六日、原告の昭和六〇年分ないし昭和六二年分の所得税について、本件課税処分を行うこととしたが、昭和六〇年分の所得税についての更正及び過少申告加算税の賦課決定の期限が同月一五日に迫っており、配達証明付きの郵便による送達によった場合には右の期限内に送達が完了しないおそれがあったので、職員が直接原告方に本件通知書を持参して交付送達する方法によってその送達をすることとした。

(二)  そこで、同日午後二時二〇分ころ、同署の職員である松本博ほか一名が、本件通知書を原告に交付すべく頭書肩書地所在の原告の自宅に赴き、応対に出た原告の妻和枝に対し、来訪の趣旨を告げて本件通知書を受け取るように申し入れたところ、和枝が、原告は渋谷の事務所にいるのでそちらに連絡を取って欲しいと言って受領を拒んだため、右職員らは、事後の対応を検討することとして、いったん帰署した。

(三)  その後、同被告は、再び本件通知書の交付送達を試みることとして、同日午後四時三〇分ころ、同署の職員である熊井俊文と前記松本博の両名が原告方を訪れたところ、原告は不在であり、和枝が、玄関から正面入口に通じるレンガ敷き通路まで出て来て、正面入口の門扉を閉ざしたまま門扉ごしに右職員らと応対した。

右職員らは、その場で、和枝に対して、本件通知書を受け取るように促したが、和枝は「主人と連絡はとれたか。」「本人でないのにどうして私が受け取らなくてはならないのか。」などと述べてその受領を拒んだため、右職員らが「受け取ってもらえないならば、ここに置いて行きます。」と言いながら門扉の下辺りに本件通知書を置く仕草をしたところ、和枝は「そこに置いても受け取ったことにはなりませんよ。」と言って話しを打ち切り、家の中に入ってしまった。

そこで、右職員らは、法一二条五項所定の差置送達の方法で本件通知書を送達することとし、門扉の下から封筒に入れた本件通知書を内側に差し入れるように置き、その場に差し置いた。

(四)  和枝は、右(三)記載の経緯から、右職員らが本件通知書を正面入口付近の通路上に置いてゆくかも知れないとは考えていたが、実際にそこに右の書類が置かれているかどうかを確認しないでいたところ、同日の夕刻ころ、通りがかりの通行人から、原告宛の書類が落ちているとの連絡を受け、正面入口の門扉の付近まで出てみて、本件通知書が差し置かれていったことを知った。しかし、和枝は、本件通知書を受け取らず、右通行人に対して「この書類は、お宅から税務署に返すか、警察にもって行って欲しい。」と頼んだため、本件通知書は、右通行人によって世田谷警察署に遺失物として届けられ、同署を経て被告税務署長に返還されるに至った。

(五)  なお、原告は、その陳述書(<証拠略>)及び当法廷での供述で、被告提出の乙一号証(送達報告書)の記載内容の一部は、同人らが右送達の経緯について説明を求めるために平成元年四月一七日に世田谷税務署を訪れた際に同署で読み聞かされた報告書の記載内容と異なっており、その後に改ざんされた疑いの強いものであると供述している。しかし、原告がその記載内容の相異点として指摘する点は、いずれも、そもそも本件通知書の受領を和枝が拒否したためこれが原告方に差し置かれたという事実があったか否かという点とは無関係な、いわば周辺的な事情に関するものであり、右(一)ないし(四)の事実自体は、右の熊井証言と和枝の証言のみからしても優にこれを認めることができるから、右原告らの供述は、その内容の真偽を問うまでもなく、未だ右の認定を左右するに足りるものではないというべきである。

二  右のような事実関係に基づき、本件の各争点について判断する。

1  本件通知書の送達について、法一二条五項の差置送達によるべき要件が満たされていたといえるか否かについて

前記認定の事実によれば、被告税務署長の職員は、本件通知書を交付送達の方法で送達するため、平成元年三月六日午後、二度にわたって原告宅に赴き、不在中の原告に代わって、在宅中の原告の妻和枝に本件通知書を交付しようとしたところ、同人がその受領を拒否したため、差置送達したものと認められる。

原告は、和枝は税務署との交渉などをしたことがなく、本件の税務問題にも全く関与していなかったことから、渋谷の事務所にいた原告本人に対し直接交付するように申し入れたものであり、本件通知書を受領しなかったことには正当な理由があると主張するが、法一二条五項一号の補充送達の方法による書類の交付の相手方としては、書類の受領について相当のわきまえのある者であれば足り、当該文書の内容について特別の知識等を備えている者であることまでは必要とされていないから、右のような理由が本件通知書の受領を拒否する正当な理由に当たらないことは明らかである。

また、原告は、そもそも本件通知書の送達については、国民のプライバシーの保護及び送達の確実性の確保の要請からして、まず郵便による送達を行うべきであったと主張するが、本件通知書の送達の方法については、郵便による送達又は交付送達の方法によってこれを行うものとされている(法一二条一項)だけで、右のいずれの方法によるかについてはなんらの規定も設けられていないのであるから、そのいずれの方法によるかは被告税務署長が適宜これを選択できるものとされていることは明らかであり、同被告が、本件課税処分について更正等をなし得る期限内に本件通知書を原告に対して確実に送達するために、郵便による送達ではなく交付送達の方法によって送達したことに違法な点があったものとは考えられない。

したがって、本件通知書の送達については、差置送達の方法によるべき要件に欠けるところはないものと認められる。

2  本件通知書が、同項二号所定の送達場所に送達されたといえるか否かについて

前記認定事実によれば、被告税務署の職員は、本件通知書を封筒にいれて、原告宅正面入口の門扉の下のレンガ敷き通路の上に差し置いたものであり、右差置場所が原告の敷地内であることは、その場所を撮影した写真(<証拠略>)からも明らかである。そして、同署の職員は、和枝と話をした際に、同人が本件通知書を受領しないならばこれを右の場所に差し置くことを告げているのであるから、同人の側でも、その場所に本件通知書が差し置かれるという事態が生じ得ることを認識していたものであると考えられる。そうだとすると、本件通知書が差し置かれた場所は、和枝ひいては原告がこれを受領して了知するに格別不都合な場所とは認められないから、本件通知書は法一二条五項二号所定の送達場所に送達されたものというべきである。

原告は、原告宅には郵便受けが存在したのであるから、本件通知書を差し置く場合にここに投函しないのは違法であると主張するが、そもそも書類を差し置く場合にこれを常に郵便受けに投函すべきことまでが法規上要求されているわけではなく、また、<証拠略>の写真によれば、右郵便受けは原告宅の裏口に設けられているものであって、同署の職員と和枝が話合いをした正面入口付近に設けられていたものではないことが認められるから、前記一のような経緯のもとでは、本件通知書を右郵便受けに投函せず、正面入口門扉下の通路上に差し置いたことに違法な点があるとすることも困難である。

三  よって、本件通知書の送達が存在しないことを前提とする原告の請求は、いずれも理由がないものというべきである。

(裁判官 涌井紀夫 市村陽典 小林昭彦)

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